週刊ユキコさん

42歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。 、、、から状況は変わり中学から行き始めた次女は約2カ月通いまた行くのをやめた。小学校へ一応入学した次男は1週間で終了。4人の子どもたちは毎日家にいる。、、、から状況は変わり義務教育を終了した長女は専門学校へ進み不登校は3人に。

ナオアキユキコ親になる①

 

結婚してちょうど2年が経つ頃、それは何の前触れもなくやってきた。


まだまだ子どもはいらないと思っていた私のもとへ、長女がきてくれた。

 

気づいたのは職場での春祭りのようなイベントのとき。


バーベキューでいろいろと焼けていてとても美味しそう。


いつもならパクパクと食べてるところだが何故か食べれなかった。

 

どんなに落ち込む出来事があっても食欲が落ちた経験はなかったと思う。

 

だからとても不思議だった。


後から見た写真では顔も少しむくんでいた。

 

後輩と何気なく話していてハッとした。

 

月のものが来ていない。

 

まさか!
ほんとに!?
私に赤ちゃん!?!?

 

そこから仕事が終わるまでは上の空だったと思う。

 

帰り道に検査薬を買う。


もちろん初めてのこと。

 

夫はその日夜勤だったから帰っても1人。

 

翌日の夫の帰りを待とうかどうしようか、、、。

 

でももう待てない。

1人で検査に挑む。

 

結果は陽性。

 

そのときの気持ちを表すのは難しい。

 

でもまだまだいらないと思っていたのに、ただただ嬉しかったことは覚えている。

 

私はいてもたってもいられず夫に電話した。(メールしておいて折り返してくれたのかは覚えていない)

 

夫も驚きを隠せないでいるようだった。

 

電話だと表情を見てとれないのが残念だったが保育士の資格を持ってるくらいで、もともと子どもは好きな夫だ。同じ気持ちだということは伝わって来た。

 

 

翌日帰ってきてどんな会話をしたかは思い出せないが、改めて産科を受診して妊娠が確定。


お互いフワフワした気持ちだったと思う。

 

それぞれ両親に報告。
どちらも待っていたようだから喜んでくれた。

 

そして

ほどなくつわり地獄へと、、、。


気持ち悪くて気持ち悪くて、病院の先生に懇願して診断書を書いてもらい1ヶ月ほどお休みさせてもらった。


妊娠は病気じゃないとか、みんなつわりで吐きながら仕事してたとか、厳しいことばもいただき辛かったけど、何しろ心身ともにいっぱいいっぱいだった。

 

夫はやっぱり優しかった。

 

夜中に気持ち悪くて目が覚めて半泣きのときは、小さめの梅干しのおにぎりをいくつも握ってくれた。


私は来る日も来る日も気持ち悪さと戦いながらつわりがおさまるのをひたすら待っていた。


職場に復帰しても、妊婦は力仕事から外されるから仕事の内容も変わったし、
夜勤に入らないぶん平日5連勤だったので、それはそれでかなりキツかった。


何もかもが初めてで、自分自身もいっぱいで、おなかの赤ちゃんに愛情を注げている自信がなかった。


毎日仕事帰りには泣きたくなるくらい疲れてお腹もパンパンに張っていたが、なんとか臨月間際まで勤め産休へ。

 


ホッとした気持ちと、いよいよ出産に向けての準備が始まる不安が入り混じっていた。

 

 

つづく。