週刊ユキコさん

42歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。 、、、から状況は変わり中学から行き始めた次女は約2カ月通いまた行くのをやめた。小学校へ一応入学した次男は1週間で終了。4人の子どもたちは毎日家にいる。、、、から状況は変わり義務教育を終了した長女は専門学校へ進み不登校は3人に。

古い価値観で凝り固まったその石頭、カチ割ってやろうか。

昨日の『学校の未来フェス』でお話しさせていただいたことを記録として載せておこうと思います。


以下、喋ったままです↓

 

こんにちは。
来月42歳になります金丸由貴子です。
ワークショップなどで2〜3人で意見を交わすのにも声が震えてしまうような私ですが、頑張って喋ろうと思います。どうか温かく見守ってください。


この写真を見てください。

 

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愛して止まない私の家族です。
どこにでもあるような幸せな家族の一コマですよね。
でも多くの家庭と違うことがあります。

うちの4人の子どもたちは学校に行ってません。


、、、、、というのが売りだったんですが、この春長女が義務教育を終了し東京の専門学校に入学したため不登校は3人になってしまいました。

 

こんなふうに言えるようになった今ですが、ここまで来るには苦しい時期もありました。次々と学校に行かなくなる子どもたち、その度に悩んで泣いては『なんでこんなことに、、、』のくり返しでした。

 

でもそのたびに自分と向き合い、夫と向き合い、子どもと向き合い、世間と向き合い、をくり返す中で視野が広がり新しい出会いがあり、学校にはどうしても行かなくてもいいというふうになってきました。

 

でも、そうは言っても世間体とか将来への不安が出てきて、自分の中に『やっぱり行かせたい』『行った方がいいんじゃないか』という思いが出てきたときは、『じゃあ子どもが苦しい思いをして笑顔を失ってまで行く場所なのか?』という問いを自分に投げ続けました。


答えはもちろんノーです。


今日子どもたちが笑顔でいてくれるならそれでいいじゃないか、それが何よりも大切なんだと何度も立ち返りました。

 


学校には行かなくてもいいとなってくると、今度は学校とか日本の教育とかに対して怒りが湧いてきました。

学校では一人ひとりの良いところを探そうなんて言うわりには、みんなと同じことをすることが求められたり、ちょっと違うことを言ったりやったりすると協調性がないとされたり。

 

結局学校は狭い部屋の中に否応なく押し込まれたメンバーの中で、はみ出さないよう、みんなの役に立つように教えられ、そこにそぐわない子はどもは問題児とされてしまう。


学校を一歩出たらどの子も素晴らしい一人の人間なのに。

 

そんな学校で知識をたたき込まれ、親にとって、先生にとって、まわりの大人にとって都合のいいお利口さんたちが製造されていきます。

 

、、、こんなふうに学校の文句なら永遠と言っていられるのですが、、、


一番怖いのは、数年前まで私はこんなに悪く言っている学校という場所や教育、学ぶ、ということに関して1ミリの疑問を抱くこともなく全く無関心で、それこそ自分や子どもたちがはみ出さないように必死だったということです。

200%マヒしていました。

 

子どもたちの不登校で直面したのは、それまで流され続けてきた自分の生き方そのものだったんです。

 

今日のタイトル『古い価値観で凝り固まった石頭』は、他の誰でもない、かつての自分に向けたことばなんです。

 

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そこからはまた少しずつ考えも変わりました。
学校に行くのも行かないのも自分で選んでいいことを理解しました。


行くのが良くて、行かないのが悪いのでもないんです。


今の学校はほとんどの人が当たり前に子どもを入学させると思いますが、そのたった1つしかないと思われている選択肢が合う子もいれば、合わない子もいます。

 

楽しくて楽しくて『学校には いきたくないなんていう子の気持ちがわからない』っていう子もいれば、

『そんなに好きじゃないけど、まぁ行けば行ったでそれなりに楽しく過ごす』子もいます。

『学校なんか嫌いだけど、子どもは学校に行くって決まってるから仕方ない』と思いながら行く子もいるでしょう。

 

そしてその中のどれでもない子たちがいます。

多勢が苦手だったり、音が苦手、先生が苦手、何時間も座っているのが苦手、また学校の学習に意味を見出せなかったり、目まぐるしい日程について行けなかったり、、、。

 

理由は本当に一人ひとり違って、これと言ってことばになんかできないこともたくさんあります。

 

そんなふうに、ただ『学校が合わなかっただけ』という子たちをつかまえて『不登校』というなんともネガティヴな称号を与えられて、、世間ではまだまだ肩身の狭い思いをしなければならない。それが残念でなりません。

 

不登校』で検索するとこんな感じです↓

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ここまで聞いてくださって、もし『そうか、学校どうしても行かなくてもいいよね』と思ってくださった方がいたとしても、じゃあ明日から子どもを行かせるのをやめるか、、、と言ったらそれもないと思うんです。


今から学校に上がるお子さんをお持ちの方ならとりあえず入学させると思います。

 

でももしこの先子どもが『なんか学校しんどそうだな』とか、実際に行かなくなったり、身近な子や近所の子が行かなくなったときに、

どうか『行けない可哀想な子』とか『みんな行ってる学校に行かないなんて、親が甘やかしてるだけだ』と思う前に今日の話を少し思い出してもらって、

学校ってなんだろう、、、子どもにとって一番いいのはなんだろう、、、そんなことを考えてもらえたらと思います。

 

この写真を見てください。

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忘れもしない今から9年前、長女が小学校に入学した日の思い出深い一枚です。

私たち夫婦にとっても初めての子どもの入学です。子ども以上に緊張と不安が入り混じる中で、担任になった先生は一人ひとりの机をまわり、名前を呼び、まっすぐに目を見て握手してくれました。

 

その先生は担任を外れてからうちの果物を注文してくださるようになり、他の学校に異動されてからもお付き合いを続けさせてもらってます。

 

うちの子たちが行かなくなりだして話を聞いてもらったこともあります。
先生もご自身が受け持った生徒が不登校になる経験をされていたこともあり『大丈夫ですよ』『十人十色の生き方があると思います』と私を励ましてくれました。

 

この春、長女は東京の専門学校に進みました。旅立ちを前に先生は娘に会いにきてくれました。

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背の高さも手の大きさもそれほど変わらなくなった娘と9年越しで交わされた握手は、感無量の瞬間でした。

 

先生は過去でも未来でもない、今目の前にいる娘を見守り続けてくれたと思います。

 

不登校になってから、学校とか先生に不満ばかり抱いていた時期もありましが、学校の先生も本当に大変なんだろうな〜ってことはわかるつもりです。

 

たぶん子どもが好きで、学ぶ楽しさを教えたくて先生になってるんだと思います。
子どもたちを想う気持ちは、娘を見守り続けてくれたこの先生と同じようにあると思うんです。

 

でも実際はこなさなきゃならないことが山のようにあって、子どもたちとろくに触れ合う暇もない。
昔と違って保護者もいろいろと細かいことを言ってくるから対応も大変だと思います。

 

でもそんな中でも一度立ち止まって考えてもらいたいです。

 

一年間受け持った子どもたちに、どんな形であれ決められたことを詰め込めばそれで良しとするのか、それとも子どもたちが今日笑って過ごすことを大切にするのか、、、。


先生や教育関係の人はもちろん、忙しすぎる大人たちにも、少しでも考えるきっかけになってほしいと願いながら、これからも微力ではありますが『?』を投げかけていけたらと思っています。

 

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拙いスピーチではありましたが、聞いていただきありがとうございました。

 

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