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週刊ユキコさん

40歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。

不登校でも卒業。

昨日は次女の卒業式だった。


・・・とはいっても卒業式には出席せず、午後から校長室で卒業証書を受け取った。

 

娘にとっては、行かなくなった5年生の頭から小学校は卒業していたも同然かもしれない。

 

卒業式はなんとか全員で迎えたいという先生のアプローチもあったが、全くその気はないという娘の様子は最後まで変わらなかった。

 

当日の朝早く担任の先生から電話。

初めて5.6年生を担任した若い先生もなんと言ったらいいかわからない様子だったが、『不参加ですが、皆さんの晴れ姿を家でお祝いしてますよ。』と伝えた。

その後、本人が良ければぜひ学校で卒業証書を渡したいと言ってくれた。

 

電話の後娘と話すと、娘は

『お母さん行ってほしい??』

と聞いてきた。

 

『あなたの好きなようにしてほしい。あなたが行きたいならいいけど、無理して行くなら行かなくていいんじゃないかな。』

 

最初はそう答えた。

 

 

でもその後訂正した。

 

『お母さんは正直言うと、学校に行って卒業証書をもらいたいな。

5年生の最初まで行ってたんだし、お世話になった先生にもお礼を言いたいしね。

でもあなたが嫌なら無理してまでは行きたくないよ』と。  

 

 

結果、娘は『行く』と言った。

急いで支度をして出かけた。

嬉しかった。

 

本当は朝から・・・いや前日から・・・いや、きっと数日前から私は卒業式に行きたいと思ってた 。

一緒に過ごした娘の同級生たちや、仲良くしてたママ友だっている。

そんな場所に一緒に出席して一緒に成長を喜んで小学校生活を終えられたらいいと思った。

 

でもその反面、そんな形ばかりのことはどうでもいいか、と思う自分もいた。

 

 

そもそも、学校では学習指導要領というものがあるのに、それを受けていない、行っていなくても卒業になるって面白い。

卒業ってなんだろう。


学校に行かなくなってからの2年は、我が家にとっては『家』が『家族』が学校のようだった。

『何のために生まれてきたんだろう』とか、
『幸せって何?』とか、
『親が子供にしてあげられることって?』とか。

たくさん悩んで考えてぶつかり合って。

不登校があってから出会った全ての人たちが私にとっては先生だった。それは今も変わらない。

 

『当たり前って何?』

『みんなやってることができないのは困ったこと?』

『学校に行かないとちゃんとした大人になれない?』

『ちゃんとした大人って何?』

『誰のための人生?』

 

 

娘は何かおかしいと気づいたんだ。

すごいな。

それで学校に行くのをやめて大切なこといっぱい私や夫に気づかせてくれた。

 

 

昨日だって、自分はどうでもいいのに、私と夫のために『行く』と言ってくれた気がする。

そんなふうに夫と話して笑った。

 

そのおかげで、なんとなく区切りがついたような気がして気が済んだんだ。

 

娘は全部わかってる。

ものすごいでっかい愛で家族を包んでる。

 

ありがとう。

ありがとう。

 

まだまだ私にいろいろ教えてくれるんだろうな。

 

人生って素敵だね。

 

そんなふうに思える今日があるのは、あなたのおかげ。