週刊ユキコさん

40歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。 、、、から状況は変わり中学から行き始めた次女は約2カ月通いまた行くのをやめた。小学校へ一応入学した次男は1週間で終了。4人の子どもたちは毎日家にいる。

ほんとの自分。

自分の気持ちがわからないことがわかった私は、自分を知りたいと思った。

 

自分がどういう人間なのか。

何が好きでどんなことに喜びを感じるのか。

 

もちろん好きなものも、喜びを感じる出来事にも生きていればたくさん出会う。

 

でも大切な何かを忘れている気がした。

確信はないが、ただそんな気がした。

 

私は1度だけ受けたことのあるセッションを継続して受ける決意をした。

大冒険のワークショップでの講師の1人である大塚彩子さんの個人セッションだ。

 

全6回のセッションはそれなりの金額もかかり毎回の上京に交通費もかかる。

 

そこまでして受けるのか・・・。

躊躇する気持ちもあった。

 

だが乗りかけた船だ。

私は深い心の世界に片足を突っ込んでいる。

 

引き返すのか。

 

それとも面倒でも気が重くても覚悟を決めてそのまま進み、さらに甘くて優しい世界に踏み入れるのか。

 

 

どちらを選ぶのも自由だが、もう片足を突っ込んでいる時点で進む以外の選択肢は私にはなかった。

 

 

少しの緊張とともに迎えた1回目のセッションでは

『本当の自分を知りたい』という漠然とした希望を口にした。

 

潜在意識を探るべく目を閉じる。

 

椅子に座っていることに気づき、

呼吸をしていることに気づき、

私がいる場所を感じる・・・・・。

 

 

わからない。

 

 

それでも意識を集中し感じてみる。

 

 

何か白いドームのような中にいる。

何を感じているのかわからない。

 

やっと出て来た答えは、

 

 

『感じない感じ』

 

 

温かいでもなく冷たいでもなく、優しいでも寂しいでも怒っているでも悲しんでいるでもなく、『感じない』私がいた。

 

さらに下に降りる。

 

エレベーターのような狭くて暗い空間に体育座りの私。

 

感じたのは『安全地帯』

 

1人でいるのが安心。

誰にも邪魔されない。

そんな感じだったと思う。

 

 

どうやら私はそれまで、かなりいろんな感情をなかったことにして生きてきたらしい。

 

 

働いていた頃、会議などで意見を求められた時に自分の意見がないとか、すぐに真っ白になってしまうことも、そんなところから来ているらしかった。

私が言うべきことなど何もない。 

そんなふうに思ったことは幾度となくあることが思い出された。

 

 

そして、自分でも気づいていない中で繰り返される『ちゃんと』というキーワード。

 

 

私は

『ちゃんとやらない私は必要とされずいる意味がない。』

という前提で生きて来たらしい。 

 

『ちゃんとやらない自分』に居場所を与えてこなかった。

自分で『意味ない宣告』を何度もしてきた。

 

そんなふうに説明された。

 

 

 

そこから、その前提を反対にして

『ちゃんとやらない私でも必要とされて、いる意味がある』

なぜなら、、、

 

 

 

 と理由づけをしていくのだが、

どうしてもどうしてもそんなふうには思えない。

 

 

何もしない私なんている意味がない。

それは私の中では絶対と言っていいほど確かなものに感じられた。

 

 

次回のセッションまで、日々の生活の中で

『自分の気持ちを感じる』ということをやってみようという流れでその日は終わった。