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週刊ユキコさん

40歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。

自分がわからない。

人生をかけた大冒険が清水の舞台から飛び降りるほどのビッグイベントだった私は、

もうなんでもできるような気になった。

何処へでも行ける気がした。

 

子どもの心について学びたいという気持ちが大きくなっていった私はいくつか興味のあるセミナーに申し込み、その度に上京した。

 

日々の生活の中での言葉かけで子どもを勇気付けたり、また自分も前向きになれたら素晴らしいなと思った。

 

上京に合わせて、ワークショップで一緒だった方や、夫と繋がってる方で会ったことないけどぜひ会って話をしたいと思った方とランチするなど、それまでの自分からは考えられないほど行動力のある自分になっていた。

 

ビルを見上げながら歩いてしまうのは今も変わらないが、初めての駅や電車も必要以上にオドオドしなくなった。そんな自分に酔ってる部分もあったかも(笑)

 

 だが何度目かの上京の帰り、私は気持ちが落ちているのがわかった。

なんとなく泣きたいような。

慣れない都会で疲れたのかなとやり過ごそうと思ったが、なんとなく寂しい。

 

 

『これ、本当に私がやりたいことなのかな・・・・・?』

 

 

心がポツリと呟いた。

 

 

家には子どもの心のコーチングの本や、他にも読みかけのまま開いてない本が何冊もあるが、最近はなんだか読む気にならないなとも思っていた。

 

『結局やっぱり私は子どもを動かそうとしてたんじゃないか?  前向きな声かけによって、 学校に行くと言わせたかったんじゃないか??』

 

そんな結論に至った。

 

そんな折、かねてより一度受けてみたいと思っていた方のコーチングを受けることができた。

 

日々の生活の中でモヤモヤすることなど、『コーチングが終わったときどうなっていたいか』と設定したことに対し話しは進んでいった。

 

コーチングの時間も終了間近、私は自分で最初に言ったお題に対して、『ほんとはそんなことどうでもいいのかも』と心の中で感じはじめていた。

 

 

さすがプロのコーチ。

私の本意が違うんじゃないかと気づいたようだ。

『子どもさんたちに本音を言えていないんじゃないですか?』というような問いだったと思う。(正確な言い回しは覚えていないが)

 

何故か涙が出てきた。

 

『学校に行かなくてもいい。』と言いながらも、日々気持ちは揺れ動き苦しくなるときもある。

同居の義父母への気まずさもある。

 

でもそれを子どもたちに知られたり、察せられたらいけないと思っていた。

 

 『ぶつかってください。子供は本心を待ってる。』

そう言われた言葉が突き刺さった。

 

私は子どもたちに本音を言っていない。

 

 

コーチングの帰り道いろいろと考えた。

 

 

『私は私の気持ちを感じてもいい』

頭ではわかっていたけど、なんだかわからない。

混乱した。

私は自分の気持ちがわからない。

何をしたいのかわからない。

私は私という人間がわからない。

 

私はまだまだ自分を置き去りにしていたということか・・・。

今の日本の教育がなんとかとか、子どもの心についてなんとかとか言う前に、まず日々の生活の中で自分の気持ちに正直に過ごすことが先なんじゃないか・・・。

 

 

順調に前に進んでるような気がしていたが、私はまたここで立ち止まることとなった。