週刊ユキコさん

40歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。 、、、から状況は変わり中学から行き始めた次女は約2カ月通いまた行くのをやめた。小学校へ一応入学した次男は1週間で終了。4人の子どもたちは毎日家にいる。

スクールカウンセラーはその名の通り学校に戻すことを支援する人だった。

不定期でスクールカウンセラーと面談している。

 

専門家のアドバイスは聞いて損することもないだろうという考えで受けている部分と、

もう1つは学校側がおそらく母親の精神状態などを考慮してだと思うが、受けてもらいたいというニュアンスがあるからだ。

 

最初次女が行けなくなった当初は、全く誰に頼っていいかわからなかったが、それまで何となく聞いたことがある程度だった『スクールカウンセラー』という存在と面談することになった。

何しろ初めてだし母親として混乱しきっていたのでスクールカウンセラーの言葉を全部鵜呑みにした。

 

『5年生になって勉強がわからなくなってきたんじゃないかしら?』

真面目で勉強もできて忘れ物もない。何かと頼られる存在。

担任の先生を通して伝えられていたそんな事前の情報だけでわかるなんて、さすがだと思った。

『良い小児科を紹介する。話を通しておくから心理テストのようなものをやってもらうと良い。』

そんなことも言われ、なんの疑いもなく次女の気持ちをきちんと聞くこともせずに『スクールカウンセラーが教えてくれた病院に行こう』と話したりした。(実際は次女に拒否され行っていない)

 

全く今から考えると恥ずかしいことばかりだ。

 

それでも他に頼りどころのない私は面談がある度にホッとしてはアドバイスを素直に聞いた。

 

自分でも少しずつ知識を増やして行く中でいつからか私は、

スクールカウンセラーの言うことは一つのアドバイスとして聞くとして、自分がどうしたいのか、娘がどうしたいのか』

を考えることができるようになった。

 

 

次第に私も夫も

『学校は行ければそれに越したことはないが、行きたくないなら行かなくてもいい。』という考えに至っていくと、スクールカウンセラーとの面談は気の重いものになっていった。

 

ある時

『正直に話すと、私たちは学校に行かなくてもいいと娘たちに言っている』と話したときは『そうは言っても義務教育ですからね』とにこやかに返された。

 

学校側にとっては、不登校はどうしても

『行かなくてはいけない場所に行けていない弱い存在』

『慰めて、励まして、焦らなくて大丈夫ですよと声をかけるような存在』

であると思う。

 

長女に関しては、フリースクール(公共の施設で、学校に戻ることを目標に支援している場所)なるものを紹介されたり、不登校だったとしても行ける高校を紹介されたりした。

 

決定的なスクールカウンセラーの言葉は、

次女の強い希望で新しく犬を飼ったときのことだ。

担任の先生から聞いていたらしく、

『犬を飼ったんですってね?』

と言うので『はい。』と答えたところ

『うまくないね・・・』と言われた。

 

なんだかおかしかった。

我が家で犬を飼おうがどうしようが自由なはずなのに、あまり良いことではないと言われたのだ。

 

次女が犬から離れられなくなり、ますます家にいることになるだろうと。

 

確かに私も犬を飼うときに、そのことが頭をよぎらなかったわけではない。

 

でもすぐに、それは判断基準ではないとわかった。

 

 

その時やっと

スクールカウンセラーは学校に戻すことを支援している人なんだ』と、当たり前のことに気づいた。

 

我が家の娘たちも『行けない子たち』というくくりなんだと改めて思った。

 

ちなみに、いくつかのフリースクールに見学に行ったが、何というか『暗い』感じが漂っている。

『学校には行けないけど、ここには頑張って通えているね』みたいな。

 

我が家の娘たちは、家で明るく自由に過ごしている。    家以外にも居場所があったらいいだろうなとは思うが本人たちの気持ちが向かなければ意味がない。本人たちが望むならフリースクールでも何でも行ったらいいと思う。

 

結局、まわりがいろいろ言ったって、自分から出てくる気持ちでなければ動くことは出来ない。それは私自らの大冒険で身をもって実感したことだ。

自分の子どもだからといって強要することは出来ない。

人を動かすことは出来ないのだ。