週刊ユキコさん

40歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。

学びたい。

これまで、夫婦でお互いに受けたセッションやセミナー、ワークショップなどが今の私たちを導いてくれたのだが、

 

その他に昔から夫が愛読していた『7つの習慣』や

最近ではNHKでも特集が組まれたり、テレビドラマでも話題になった『アドラー心理学』を少しずつ実践している。

 

私はきちんと学んだわけではなく、畑仕事のときにオーディオブックで聴いたり、私より深く理解をしている夫に事あるごとに教えてもらったりしているが、

 

とても素晴らしい考えだと思っていて、

なんなら学校の授業で取り入れてほしいと思うくらいだ。

 

親と子、先生と生徒、上司と部下、

縦の関係と捉えられることがほとんどの世の中だが、横の関係になったらもっと平和な世の中になる。

 

 

聞きかじった知識ばかりでもっと理解を深めたいと思っている。

本を読む時間が欲しいから、タスク管理をしっかりしたい。

農繁期が終わったら勉強会に絶対参加する。

(山梨でも開催してる方をついに発見したのだ!)

 

 

わかってくれる人がいなかったのではなく、探してなかっただけ。

そこに飛び込む勇気がまだ無かっただけ。

 

 

行きたいところ、学びたいことがいっぱい出てきた。

 

 

新たな冒険が始まるのは、とりあえず収穫期が終わったら、、、。

風邪気味。

昨日は、

『もう隠すことはない』

『自由に生きたもん勝ち』

 

なんて書いておきながら、

 

身近な人たちに嫌なことを言われる夢で目を覚ます。

 

 

昨夜から風邪気味で気持ち的にもどんより。

 

 

自分の周りにいる人がみんな味方だったらいい。

 

あぁ、また敵か味方かの頭になってしまっている。

長年そうして生きてきたから仕方ないね。

 

 

体が元気じゃないと心も元気をなくしてく。

 

 

『みんな少しくらい調子悪くても仕事に行ってる』

『お気楽な主婦が甘えてるんじゃないの』

『だから子どもが学校に行かないんだよ』

 

またまた誰からも言われてもいない声がこだまする。

 

 

今はいろいろ気になることもあるけど、
とりあえず体を休めよう。

 

 

 

もう何も隠すことはない。

大好きな友だちにブログを書いてることを打ち明けた。

 

怖かったけど。

久しぶりにゆっくりお喋りできた彼女と自分がつくりだす雰囲気は以前と変わらず居心地が良く

『打ち明けてみよう』

自然にそう思えた。

 

ビックリしていたが、分かれた後ブログを読んだ彼女からは好印象な感想と、『また楽しみに読ませてもらう』という言葉が。

 

 

実は先日東京でこれまた久しぶりの再会を果たした旧友にも最近の私のことを聞いてもらったばかり。

彼女は私の子どもたちの心配もだが、

何より私の心配をしてくれていた。

 

勝手に『責められるんじゃないか。』

『問い詰められるんじゃないか』と構えていた自分が恥ずかしくなった出来事だった。

 

 

そんなふうに私が心許してきたはずの友たちなのに何故か不登校からは勝手に見えないバリアを張っていたような感覚があった。

 

セッションで大きな気づきを得ることができ、怖れるものがなくなった私は

 

この1年ほどブロックしていたFacebookの公開設定を思いきって全公開にした。

 

それは身近な親戚だったり、地元の友達だったり、、、。

 

私が悩みもがく姿を見せるのは怖かった。

 

どこから噂が広まり何を言われるかわからない、そんな田舎ならではの恐怖もあったし、

『なんだかあの人変わったね』と言われるのも怖かった。

 

 

でも、もう何も怖いものはない。

何を言われても揺るがない。

 

 

いや、きっとまた

もがき苦しみ恐怖の底に落ちることもあるかもしれない。

 

 

それでもいいと今は思える。

 

 

コソコソと自分を隠すのはもう終わりだ。

 

 

胸を張って生きていこう。

 

 

転んだっていいじゃないか。

 

 

派手に転んでまた起き上がればいいだけだ。

 

 

誰に遠慮がいるものか。

 

 

人生自由に生きたもん勝ち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗黒の時代。〔後編〕

再び大人になったY子。

 

 

女性が問いかける。

 

『いま、大人な感じしてる??』

 

 

『、、、、、、、、、、、、、、!?

 

 

してない、、、、、、!!』

 

 

なんということだろう、大人のY子は自分が『大人』なのだという感覚を持ち合わせていなかった。

衝撃的だ。

 

例えていうなら『対岸』

 

これまで『世間』や『大人』を自分とは全く逆の立場や場所として認識してきたことを知り愕然とした。

 

 

敵に思えるのも当然だ。

 

 

『あなたも世間の一部なんです。』

 

そう言われ、

納得しすぎるくらい、

またバチッ!と型にはまり込むようなイメージが浮かぶくらい腑に落ちた。

 

 

『世間』はこう言った。

 

『あなたがいろいろ言っていても私はここにいるまま変わらないから、自分で切り開いていきなさい。』

 

『あなたが声に出して言うことで、同じように嫌と言えないでいるまわりの人も言いやすくなるのよ。』

 

 

Y子はわかった。

 

嫌なものを嫌と言うのがいけないのではなく、

 

『嫌』だと言うことがいけないと思えてしまうこと、

言っても仕方ないと思い諦めてしまうことが問題なのだと。

 

『嫌なものは嫌と言っていい』

 

そんなことは、とっくにわかって実践もしてきたはずだったが『肚でわかった』そんな感覚だった。

 

 

そして今、前まで同じだった価値観の人たちと必死に手を繋ぎ続けようとして苦しかったがそうではなく、

 

視線を上げて見渡せば同じように新しい価値観を持つ人たちがポツリポツリといることに気づくから、これからはその人たちと手を取り合って行くんだということを教えてもらった。

 

 

自分も世間の一部。

新しい価値観を広めていく1人なのだ。

 

 

黙り続けた中学生のY子と、今学校に行かない選択をしているY子の子どもたち、そして同じような立場で嫌なことを口にしてはいけないと思っている人たちのために、

 

『まず自分が声に出していく人になろう』

 

『大人の自分として、考えや思いを口にする人になろう』

 

そんなふうに心に決めるY子だった。

 

 

 

 

 

 

 

暗黒の時代。〔前編〕

『中学生の自分に会いに行ってみますか?』

 

女性は言った。

 

 

Y子は内心

『またか、、、。』と思った。

 

 

これまでのセッションで過去の傷を癒したり、

幼い頃の家族それぞれのポジションを体感し納得するなど、もうそういう過程はじゅうぶん味わい理解したから、今回のセッションでは未来に目を向けるような言わばこれからのビジョンといった内容になるものと思われたからだった。

 

 

だが百戦錬磨の女性のナビゲートによるこれまでのセッションでは、終わった後に感謝しか残らないことをわかっていたY子に断る理由はなかった。

 

Y子は中学生の自分に会うことにした。

 

 

 

中学生の自分に会いわかったこと。

『学校に行く意味がわからない』

 

 

 

笑いがこみ上げる。

どこかで聞いたセリフだ。

 

 

だが

『なんでも言っていいんだよ』

と話しかける大人になったY子に対し

 

中学生のY子は口をつぐんだままだ。

 

なんでも言っていいと言っている未来の自分を信じきれていない。

 

何か言ったところで、言い返されるだろう。

どうせわかってくれない。

 

そう、この『どうせわかってくれない』は、

この数日Y子につきまとっていたフレーズだった。

 

そして最近特に強く出てきていたのは

『世間は敵である』という認識。

 

 

そこで女性が提案したのは『世間』になってみるということ。

 

なかなか面白いことになったと思った。

『世間になってみる』

心の世界を学んでなかったら意味不明だっただろう。

 

 

世間になったY子に映った『学校になんて行きたくない』と言っている中学生のY子。

 

世間の目から見ると

『そうなんだね〜』という感じ。

 

聞き流すでもなく

また深く共感してくれるわけでもないが、

『世の中にたくさんいる人の中の1人が言っていること』として、『聞いてるよ』という感じ。

 

 

それをふまえた上でもう一度中学生のY子になる。

『先生が怖くて嫌』

『毎日行くのが嫌』

『理不尽なのが嫌』

『朝早いのが嫌』

『部活でみんなが充実してる感じが嫌』

 

些細なことだが、たくさんの『嫌』が出てきた。

 

 

Y子にとって、『世間』そして『大人』は何を言っても無駄な存在だった。

 

だから貝のようになって黙り、

感じることさえしないようにしていたのだった。

 

〔後編へ続く〕 

 

2017.04.21今日はこれから。

新宿に向かうスーパーあずさの車中より。

 

今日はこれから故郷の友と新宿でランチ。

大人になりなかなかゆっくり語らう機会もないままだったので、古い友だがなんとなく緊張する。

 

近況報告、どうしたものか、、、

なんて、

また責められないように、

自分を正当化できるように、、、

そんなことばかり考えて(笑)

 

久しぶりの再会をただ喜べばいいのに。

 

限られた時間、いっぱい話をしよう。

 

 

 

 

その後は個人セッション。

全6回のうちの5回目だ。

 

前半は行くたびに

『また嫌な何かと向き合わなければ』と、

重い気持ちだったのが正直なところだが、

 

今はただ楽しみだ。

 

今日は何が出てくるだろう。

 

 

 

今年に入り、通過も含め東京はたぶん5回目。

 

 

 

そのうち家族で電車の旅もいいな。

なんてことを考えながら。

 

畑仕事も忙しい中

『今日も楽しんで』

と送り出してくれた夫に感謝して、

束の間の東京を楽しもう。

 

 

 

全裸にまつわる話。

夫のFacebook投稿のおかげで

ひとり歩きを始めてしまった

『全裸のユキコさん』

 

お風呂上がりに全裸でいる、涙無くしては語れないその真相を語ろう。

 

 

 

私には子どもが4人いる。

 

子どもを持つ親なら想像がつくだろう。

 

子ども(乳幼児)をお風呂に入れるのは一仕事であること。

 

生まれて1ヶ月くらいは、昼間の余裕のある時間にベビーバスで入浴を済ませれば良い。

 

その後、およそ2ヶ月以降は大人と同じ浴槽に入るようになるのが一般的だろう。

 

夫婦のどちらかが先に入り自分の体や頭など洗い終えてからもう1人に子どもを連れて来てもらい、子どもを洗い一緒に温まりそしてまた待機しているもう1人に子どもを受け取ってもらう、これができればこんなにベストな入浴はない。

 

だが入浴時間に夫婦そろっていることが少ない家庭も多いだろう。

 

その場合は子どもと一緒に入り、または子どもを脱衣場に待たせておき大急ぎで自分を洗い、子どもの服を脱がせ、洗い、温まり、一緒に出なければならない。

 

夏場ならともかく、冬場は一刻も早く服を着せてあげたいと思う親心。

自分は軽くバスタオルを巻いただけで何はさておき子どもを拭き、オムツをあて、服を着せる。

 

乳幼児はあまり長湯はできないため、自分は芯まで温まることもなく出てきてしまうので、子どもの服を着せ終わった時にはガタガタと震えていることも。(巻いていたバスタオルも落ちて裸なことも多々、、、)

 

急いで服を着て髪の毛を乾かす間も無くオッパイをくれと泣くわが子を抱いて授乳する。

 

子どもが1人ならまだいい。

 

これが2人3人となると、その子らの世話を焼いたり面倒みなきゃならないので、入浴中も手が何本あっても足りないし、上がった後もそれこそ自分のお肌のお手入れもあったもんじゃない。

 

大急ぎで支度を済ませ寝室へ。

 

髪も濡れたまま、、、。

顔もカサカサつっぱったまま、、、。

 

 

これが小さい子どもを育てる母の姿。

 

 

授乳しながら上の子たちに絵本を読み聞かせ、母のとなりを奪い合うのをなだめ、なんとか眠りにつこうかと思うと『おしっこ〜』と言いトイレについていく。

 

 

 

全裸からは離れてしまったが、

こんなふうに毎日朝晩が戦争のようにやってきた。

 

もちろんわが家は義母や夫の協力がたくさんたくさんあったが、

 

よく頑張ってたな〜。

必死だった。

 

 

『常に小さい子どもがいる』

という状況が長かったわが家なので、その名残で今も私はお風呂上がりに全裸を家族に見られることに抵抗がない。

 

 

 

もちろん子どもが生まれる前は恥じらいもあり、、、

 

 

 

 

 

 

 

恥じらいも、、、?

 

 

 

 

あり、、、?

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、

夫婦2人の時から

裸だった、、、、、。

 

 

っていう話。