週刊ユキコさん

40歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。

今生きてることは奇跡。

ある時久しぶりに会った、不思議な力を持つ大好きなお友だちが言った。

 

『流産したことある??』

 

 

私たち夫婦には2人目と3人目の間に授かった命があった。

この手に抱くことは叶わなかった命だったが、間違いなく私たちのもとに来てくれ、数ヶ月を私のお腹で過ごした命だ。

 

 

何か見えたというか、感じた友だちにそう言われ、私は不安になった。

 

 

『寂しがってる、、、?』

 

 

 

聞いてみたところ、寂しがってるという感じではなく、『私も(僕も)いるよ』という感じらしかった。

 

私は嬉しかった。

 

無事に産んであげられなかったこと、この手に抱いてあげられなかったことは、ほかに何人子どもがいようと消えることのない悲しみだった。

 

だが、その子がいつもそばにいてくれると思ったら心がとっても暖かくなった。

 

 

友だちが、ぬいぐるみでも何でもいいからそばに置くといいよと言ってくれ、可愛いこの子がキッチンに立つ私をいつも見ていてくれる。

 

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おなかに宿った命が無事に10カ月を過ごし、命がけで生まれてくることの奇跡。

 

この命さえあれば何もいらないと思ったはずなのに、いつからかいろいろな条件をつけたがる。

 

ケガや病気の時もそう、元気でいてくれたらそれだけでいいと思うのに、、、。

 

 

 

奇跡的に生まれてきた命だから。

 

大切にしよう。

 

自分の命、心の声、大切にしよう。

 

槇原さんの余韻。その2。

あぁマッキー、

 

どうしてあなたはマッキーなの、、、。

 

 

 

 

6月13日、今回のツアー2度目のマッキーのライブに参戦してきた。

 

前回のライブの感想は良かったら『槇原さんの余韻』をご覧ください。

 

 

今回は終わって数日、、、余韻どころではない。

 

2週間近くたつ今も、槇原さんへの想いは熱く燃え上がるばかり。

 

 

 今回は1階 16列目だった。

 

ライブのセットリストで予習済みだからオープニングから大興奮。

 

『マッキ〜〜〜〜!!!』と思いきり叫ぶ。

 

夫も一緒に叫んでくれる。

 

 

 すっごいカッコいい!(今回はかすかに表情も見てとれるよ!)

 

すっごいカッコいい!(スカートみたいなのは夏バージョンになってるよ!)

 

間奏の間のおどけた表情やしぐさ、それからステージ袖にいるスタッフに何やら合図を送る様子なんかも見ることができて感激。

 

そしてやっぱり

 

めっちゃ歌うまい!!

 

わかってることだけど本当にライブでも一音も音を外さず綺麗な歌声はどこまでも綺麗なまま。

うまい!とか、すごい!とか、

そんな言葉じゃ全然足りない。

 

あぁ、どうやってこの感動を伝えればいいのか。

 

ライブが終わってしまった後も 毎日ほぼ一日中マッキーの曲を聴きながら過ごし、ライブを思い出しては酔いしれている。

 

 

今回の山梨公演はマッキーもとても気分が良さそうで、アンコールの後もなんぼでも、、、あ、方言だった失礼。いくらでもステージから去りがたいようで、アカペラで一節歌ってくれたりもした特別な夜だった!

 

子どもたちを留守番させてたので、出待ちせず帰ってしまったのが唯一の心残り。

 

またツアーがあるだろうか。

 

もうマッキーなしでは生きてはいけない。

 

私はいつかマッキーに会う。

 

会って握手して写真を撮ってもらって、

マッキーを大好きなことを伝える!

さくらんぼのお仕事に付随するもの。

いっぱいいっぱいだ。

 

収穫期に一度はある、夫との怒鳴り合いが昨夜だった。

 

情けなかった。

自分の無力感が。

 

頑張ったけど私にはできない。

 

周りを責めて

自分を責めて

 

どんどん1人の殻に閉じこもり、

 

やっぱり元の私のままでいいや。

その方がいい。

 

そんなふうに思った。

 

 

 

 

 

 

 

今朝起きると夫が謝ってきた。

 

謝ってなんかほしくなかった。

 

夫は何も悪くない。

 

精いっぱいやっている。

 

その上私の足りない部分を補い『大丈夫』と言い続けてくれていたのだ。

 

甘えすぎていた。

 

今まで頼ることをしないでなんでも1人でやってきた部分を、

 

甘えていいんだ、頼っていいんだとわかり、そうしてきた。

 

でも、限度を超えていたんだと反省した。

 

なんという甘ったれだと自分を呪った。

 

 

だが夫は今朝はすっかり切り替えたようで、何度も私に謝り、当たり散らした子供たちにも謝っていた。

 

すごいと思った。

 

でも、それって自分を殺してないかと思った。

 

結局、イライラして当たり散らした自分が悪かったと自分に言い聞かせ、苦しいとか辛い気持ちを押し殺しているんじゃないかと、、、。

 

そのことを伝えると、それは違うと言った。

 

自分は、イライラして周りに当たる自分が嫌で、それを無くしたいと思っている。

 

それに

『こんなに大変なときなのに、お父さん笑ってるね!』

と、子どもたちに思ってもらいたいんだと。

 

 

感動した。

 

 

まだまだ私が思うよりずっと、夫は強くて頼もしい人だった。

 

 

いつまでも自分を責めてる私とは違う。

 

私の無力さや情けなさを話して、『私なんてどこにいても何も役に立たない。

いない方がいい。』

 

なんて泣きながら訴えて

慰められてる情けなさよ。

 

自分を責めるって、ずるいことだよね。

そうしているうちは、そこにそのままいればいいんだから。

 

たぶん私はそこから出たいんだろう。

 

『いっしょに頑張ろう!』

と晴れやかな笑顔で言ってくれた夫に応えたい。

 

こんな出来損ないでごめんね、、

と言う前に、出来ることをやろう。

 

何もできないわけじゃない。

毎日朝から晩までさくらんぼを詰めている。

 

 

今日も精いっぱいやろう。

 

 

と、こんなふうにブログを書いてる暇は本当は無いのだけど、切らしてしまった常備薬をもらいに来た皮膚科の待合にて。

怒ってる。

私『怒ってる!』

 

 

夫 『怒ってる⁉︎』

 

 

私 『怒ってる!』

 

 

夫 『、、、悪かった、、、』

 

 

私 『自分に怒ってる!』

 

 

夫 『!(◎_◎;)』

 

 

私『自分の気持ちちゃんと言わなかったから!』

 

夫はお酒を飲んでしまって運転できないから1人で娘の送り迎え。

そのわずかな合間に夕食の後片付けと自分のお風呂。

 

お皿を洗ってる段階で

『いつもなら一緒に洗うのに』

『私とゲームどっちが大事なの⁉︎』

『あれ?もしかして私が洗い物してるの気づいてない??』

『呼べば来てくれるかな』

『でも楽しんでるところ悪いしな、、、』

『不機嫌なって欲しくないしな』

『いやいや、私だって早く終わらせて自分の時間持ちたいし!』

『同じだけ働いてなんで私だけが』

 

 

モヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤモヤ

 

 

洗い物を終えてお風呂に入り膝を抱える。

『何これ、、、ひとりぼっち』

 

 

お風呂から出て気持ちがおさまらず

子供たちにもあたる。

 

『何度言っても洗濯物片付けてないじゃん!ぶん投げてやろうか!』

 

おいおい、、、いきなり当たり散らされて子どもたち『( ºωº )チーン…』なってるよ。

 

 

『お母さんはね!さみしいんだよ!(ToT)』

 

 

はい、やっと言えたね。

 

みんなと同じにテレビ見たり雑誌でも見ながらゴロンしたい。

 

1人であれもこれもはできないの。

 

放って置かれるのさみしいの。

 

 

言えばいいだけなのにね。

 

私を1人にしたのは他でもない私だった。

 

それがわかるようになって良かったね、、、。

 

 

夫と2人で台所に立つ毎日。

あるきっかけがあり、毎日夫と2人で台所に立つようになった。

 

私は専らアシスタントだ。

 

食事の支度のスムーズなこと。

 

どうして今までこうしなかったんだろうと話す毎日。

 

私は料理が嫌いだ。

 

専業主婦なのに、、、とダメな自分を嘆き続けてきた。

 

最近は主婦だからといって、母親だからといって料理が嫌いでも、それが悪いことではないとわかったけど、

 

開き直って食事の適当さに輪がかかっていた。

 

夫は料理ができない人ではない。

 

なぜ今までやらなかったかといえば、お互いに料理は妻の仕事と思い込んでいたからだ。

それが当たり前のことだったからだ。

 

それでも食事が終わるとさっさとテーブルから去っては子どもたちとテレビを見たり自分時間に入ってしまう夫に不満はあった。

 

不満を持ってしまう自分をまた責めたりなんかして。

 

 

今は一緒に献立を考え、一緒に作り、一緒に片付ける。

 

夫にとっては新しい習慣なのだから、きっと努力してくれてるのだろう。

 

とても心強くてありがたくて幸せを感じる毎日だ。

 

とはいえ、適当ではあっても毎日6人分の食事を何かしら考え用意して頑張ってきた自分もいるわけで、それはそれでよく頑張ったねと言いたい。

 

果物の収穫期に入ると夫を頼ってばかりもいられないだろう。

 

でも食の大切さを実感する今日この頃、忙しい時こそしっかり食べて丁寧に生きていけたらと願う。

 

41歳になりました。

今日は41回目の誕生日。

 

少し前に公開した『ほしいものリスト』で

続々とプレゼントが届いている。

 

自分で公開しておきながら少しの罪悪感。

 

でもそれ以上に嬉しくて嬉しくて。

 

私が喜ぶのが、まわりの人の喜びになるんだな〜、、、、、っていうことを実感した。

 

逆に誰かにプレゼントをするときは私も嬉しいから。

 

朝から届いたたくさんのメッセージも感謝感謝で、幸せを噛みしめる。

 

私はこのままでいい。

 

もう迷わない、、、、、、とは言えないけど

 

そのままでいいよと、言ってもらってる気がして。

 

だから過ぎてしまった過去や

まだ来てもいない未来ではなく、

 

今ここを見つめて

 

1日1日を大切に生きようと思った。

 

40歳は心に栄養の年だったかな。

41歳は身体にも栄養。

元気になろう。

 

40歳は冒険の連続だったけど、

41歳はまた違った旅路になるのだろうか。

 

今、本当に穏やかに心から幸せを感じている。

 

この歓びを得られたのも全て母がこの世に生み出してくれたおかげだ。

 

子どもは母親を選んで生まれてくる、、、

私は母を選んで生まれてきた。

 

生まれ変わっても父と母の娘に生まれたいと強く思う41歳の誕生日。

 

これまで出会った全ての方々に感謝を込めて、、、。

 

 

 

 

爪は口ほどにものを言う。

念願のももいろネイルをしてもらった。

 

もともとそれほど指先を気にしてはいないが、見せてと言われたら『どうぞ、どうぞ』と見せる自信はない。
一応女性なので綺麗であることに越したことはない。 たまにマニキュアなんか塗ってみることもあるが日々の家事ですぐに剥げてしまい、落とすのもやり直すのも面倒でただの悲しい指先になることは多々ある。

 

今回していただいた『ももいろネイル』とは、自爪を生かした塗らないネイルのことで、同じ市内に住む藤田亜由未さんが独自で考案したものだ。

 

少し前に縁がありFacebookで繋がって以来、毎日のように流れてくるbefore-afterの写真、写真、写真、、、、、、。

 

 

 

た、、、、、たまらん!

 

 

 

私もやってもらいたい!!

そんな思いは日に日に強くなるばかり。

 

そこで私を躊躇させる6000円の壁。

 

自分の爪に6000円て、、、。

そんな贅沢、、、。

 

でもでも、最近は爪が折れたりも激しかったし、何より一度してもらったら後は自宅ケアができるという素晴らしい利点が!

 

思い切って予約した。

 

待ちに待った予約の日の朝届いた市の広報にはででーんと亜由未さんが載っていた!

 

時の人やないけ!

 

嬉しくてルンルンで亜由未さんの自宅サロンへ。

 

約1時間半かけて私のボロボロの指先を、あの毎日写真で見ていた憧れの輝く指先に変身させてくれた!!

 

何がすごいって、

亜由未さんは、指先や爪を見ただけで日々の生活を見抜いてしまうことだ。

 

そして、やってもらっている間は爪に関しての知識をいろいろ教えてくれながらも、ちょっとカウンセリング的な要素を含んでるんじゃないかと思えるほど亜由未さんの何気ない一言がグッと心を掴む。

 

仕上げにオイルで指先と手の全体をマッサージしてくれたのだが、それがまた極上のマッサージでもうメロメロ。

 

そこでも『首や背中辛くないですか?』

というように体の不調を当ててきては、日々の生活を労ってくれる。

それもさりげなく!

 

手にもたくさんツボがあり、日々たくさんの人の手に触れているからわかるのだろうが、感動した。

 

そして何が嬉しかったって、自分でさえ普段おざなりにしている手を優しく優しく、丁寧に丁寧に扱ってもらったことで、なんとも言えないあたたかいものが心にこみ上げることだった。

 

 

たかが爪。

されど爪。

 

そこには一言では語りつくせない深いストーリーが隠されていた。

 

 

追記

リンクを貼る技術がないので『ももいろネイル』でぜひ検索を‼︎