週刊ユキコさん

42歳。4児の母。果樹農家の嫁。 末っ子(年長)を除く上3人が不登校。 夫と2人、それぞれ自分探し中。 、、、から状況は変わり中学から行き始めた次女は約2カ月通いまた行くのをやめた。小学校へ一応入学した次男は1週間で終了。4人の子どもたちは毎日家にいる。、、、から状況は変わり義務教育を終了した長女は専門学校へ進み不登校は3人に。

ゴセイジャーが止まらない。

末っ子2年生に戦隊モノ第2ブームが到来して、ボウケンジャーゲキレンジャーアバレンジャーゴーオンジャーと来て、現在ゴセイジャーにどハマり中。


末っ子に占領されたテレビではエンドレスに流れてる。

これだけ見てるのになかなか終わらないな〜。ゴセイジャー長いな〜、、、と思ったら2周目見てた(笑)


近所のリサイクルショップでオモチャも購入。

少し前に買ったばかりの仮面ライダーゴーストのおもちゃをさっさと手放し、その売ったお金を足しにして、家でもお風呂掃除などのバイトでせっせと稼いで更にオモチャを購入。


これだけ夢中になれるのもすごいことだよな〜と感心しつつ、私も負けていられない。

マッキーを聴こう。

マッキーを学ぼう。




今日もマッキー大好き。

マッキーをこよなく愛する私だが、

まだまだ知らない歌がたくさんある。

 

今日の午後は夫は草刈り。
私は桃のおろ抜きで別行動。

 

私はマッキーの歌、今日はアルバム『UNDERWEAR』をお供に2時間半。

 

知ってる歌もある中で、よく聴いたことなかった歌も繰り返し聴いて、やっぱりマッキーに惚れ惚れする。

 

マッキーの紡ぐことば。

その選び方、運び方、

日常の小さな出来事や恋愛、人生観、無駄なことばは1つもない。


メロディーラインも多種多様な音の混ざり具合も、もう何もかもが言うことなくて。


その上抜群の歌唱力と歌声にウットリ。

 

もう恋心に近い感じでずっと耳を傾けていた。

 

残念ながら6月のライブは2階席だけど、でもマッキーと同じ空間にいるだけで幸せだからいいの。

 

また思い切りマッキー呼ぶからね。

 

明日も私のために歌ってね。

栄養不足で悩みを探す。

忙しくなって、疲れやすくて、つい甘いものとか、朝だけコーヒー、、、とかやってしまって、たぶん栄養状態がよろしくないんだろう。

 

気分は落ち気味だし、
ダメなとこ探すし、
悩み探しに行ってるな〜〜ってじゅうぶん自覚があるだけまだいいかなとは思うんだけど。

 

夕方農協に薬剤を買いに行ったりマッキーのライブのチケットを受け取りに行ったり、まだ帰りたくないな〜なんてBookoffに寄ってみたりで、暗くなってからの帰宅。

 

3人の子どもたちに
『お母さんいなくてもいいんでしょ!』とか絡んでみたり(~_~;)

 

 

夫は、私たち夫婦のメンターでもある
立花岳史さんのサロンのオフ会で高級寿司を食べに上京してしまった。

立花岳志プロフィール | No Second Life

 

『間違って参加ボタン押しちゃった』って、『いやいや、間違えたって言えばいいだけのことじゃん!』

なんて言いつつも、

大好きな人たちに囲まれて美味しいもの食べて呑んで、夫が幸せな時間を過ごすなら私も嬉しいわけだけど。

 

そんなこんなで、21時過ぎてからDIYスイッチ入ってしまい、ずっと先延ばしにしてた下駄箱に着手。
でも材料足りないから明日朝一でホームセンター行ってやるわい。

 

畑も行くもん。
両方やるもん。

 

ブログも書くもんっ。

末っ子、時計を読む。

末っ子2年生がこの度めでたく時計を読めるようになった。

学校に行っていれば、時間で動かなければならないから、確か1年生になって割と早い段階で習うはずだ。

末っ子は昨年入学して1週間ほどで行くのをやめてからは、学習というものはしていない。

日付けの概念や曜日、季節は全くわからず、1日の時間の流れもわかっておらず、午後になったのに『今は朝?』とか、まだお日様が高いのに『もう夕方??』なんてことを聞いてきた。

息子は特に不自由は感じていないようで、何か説明するときには『長い針が6にいったら』とか、そんなふうに説明していたが、日常の中で時計が読めない息子に私が不自由していた。

息子は小さい時からとてもタフで、夜遅くなってもいつまでも元気で起きていられた。

いつまでも遊んでいたい息子は、寝室に行ってから絵本を読むのも大好き。

でも時間めいいっぱい遊んだ後『今日は本読める?』と聞いてくる息子に私は『え〜〜、今日は遅くなっちゃったからまた明日にしよう、、、。』
なんてことが続くようになった。

私も息子と絵本を開く時間が大好きだから、できるだけその時間を持ちたいと思いつつも、兄との闘いごっこで盛り上がってたりすると『楽しそうだし、本はまた明日でいいか、、、』と思うのだが、いざ寝ようという段階になると時間の感覚のない息子は納得してくれない。

そこで私は『良かったら時計を覚えてもらえないかな?そしたら何時まで遊んで、何時までなら絵本をゆっくり見れる、、、なんてことがわかると思うから。』と提案してみた。

息子は前に1度取り組んだが全然続かなかった、時計の読み方を覚えるアプリで毎日ほんの2〜3問ずつ練習し始めた。

結果、1週間ほどで時計を読めるようになった。

今回は息子が読めないことに困って取り組み始めたわけではないけど、こちらからの提案で『覚えてもいいかな』と思ってくれたのか、難なくクリアした。

学校だと何枚も何枚もプリントをくり返して、違ったらバツをつけられて、まわりと比べて理解が遅いと自信をなくしたりするんだろうな。
、、、なんてまたすぐ学校の文句みたいになってしまうけど(^^;

 

時間の感覚がない生活ってどんな感じだろう、、、。
1日中なんの縛りもなくただ好きなことだけをしている、、、。
農繁期が終わったら、ぜひとも体験してみたいものだ。

短い小指。

 
私は小指が少し短い。
 

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大体の人はとなりの薬指の1番上の線まではある。
 
子どもの頃『エレクトーンを習いたい』と親に言ったとき、父親があまりいい顔をしなかったような覚えがある。
 
あとから聞くと、
『おまえは小指が短いから苦労するんじゃないかと思った。』とのことで、
父親自身も同じように小指が短く、若い頃にギターを弾こうとして苦労した経験を話してくれた。
 
結局、私の希望を聞いてエレクトーンは習わせてくれたけど、何が嬉しかったかって、私はもちろん母親でさえ知らずにいた「私の小指が短い」ということを父親が知っていたこと。

自分の小指が短いから娘の小指もいつの間にか確認していたんだろう。

そんなにそんなにちっちゃなことなのに、子どもって、親に見ててもらえてるってことがどんだけ嬉しいんだろう。

だから私も『いつも見てるよ』を伝え続けて行きたいんだ。

子どもだけじゃなくて、大切な人たちにも伝えたい。

大切な人だけじゃなくて、どんな人にも伝えたい。


知ってるよ。
頑張って生きてるの知ってるよ。


 
 
 
 
 
 ちなみに、次女も小指が短い。

小指が短いのはそんなに珍しいことではないみたい↓
http://belcy.jp/29905

末っ子の夢。

今から2年ほど前のこと。

 

当時5歳、いつもニコニコ笑顔の末っ子。

 


いつになく神妙な面持ちで

『おかあさん・・』

と。

 

 

私    『どうしたの?』

 

息子『オレ・・やっぱり大きくなったら鬼太郎になるのやめる・・・』

 

私    『あら、やめちゃうの?どうして??』


この時私は心の中で、とうとう大人への階段を上り始めてしまったのかと、

『だって、テレビだもん。』とか、

『アニメだからほんとはなれないもん・・・』とか言うのかと、ちょっと構えていた。

 

息子『・・・やっぱり仮面ライダーになる!』

 

そ、そっちか!(*≧∀≦*)

 

今は戦隊モノ第2ブーム到来中につきゲキレンジャーとのこと。


夢はたくさんあって、いいよね。

 

 

なりきって遊ぶ姿をいつまでも見ていたいものだ。

 

 

 

もう学校はいらない。

 

3月4月の年度末、年度初めというのは不登校界にとっては本当に苦しい季節だと感じる。

 

不登校児の母として、ベテランとまではいかなくとも、さすがに新米の域は脱しているつもりの私でさえ、SNSに上がってくる晴れやかな卒園やら入学やらの写真を100%ざわつかず見ることはできなかった。

 

ピカピカのランドセルを背負ったり、真新しい制服に身を包み写真を撮られる子どもたち。

目を細め見守る両親や祖父母の様子が容易に想像できてしまう。

 

そんな様子を流し見つつ、学校に行けなかったり行かないことを選んでる家庭では、まわりからヤンヤヤンヤと言われることに対応しつつ、不安になったり腹が立ったり落ち込んだりしながらも自分の軸を確認し、答え合せをしながら過ごしている。

 

 

ふと思う。

 

もしも学校がなかったら、、、、、?

 

 

 

7歳になる年から勉強させる親がどれほどいるだろうか?

 

子どもに勉強させるのは、『将来困るから』という親が大半だと思うが、

もし高校入試も大学入試もなかったら、、、、、?

 

成績表も偏差値もなかったら、、、?

 

 

子どもは遊びたいだけ遊び、

よく言われる社会性も身に付かず、

秩序を失い、

ダメ人間が出来上がるのだろうか?

 

そうは考えづらい。

 

それこそ子どもはそれぞれのタイミングで学び始めるんじゃないだろうか。

 

それが7歳なのか12歳なのかはわからないが。

 

それぞれ必要と感じたときに勝手に学び始めるんじゃないだろうか。

 

学校、、、いわゆる『いい点を取るためだけの学校』『意味もわからず知識を詰め込まれるだけの学校』はもういらない。

『高校へ進むため、大学に進むための学校』はもういらない。

 

本当の学びは与えられるものではなく、自ら欲したときにこそあるものだと今は確信しているから。